中央システム株式会社 - 東新宿の方です

流浪の月

〇〇賞をとったから、といった理由で読むのはなんとなくもやっとする、天邪鬼な読書家なんですが、モノは試しで今年の本屋大賞の作品を読んでみました。
カバーも素敵でしたしね。

あらすじ

ヒロインの更紗は、小学生の時に誘拐される。それは彼女のその後に大きな影を落とす。
誘拐事件そのものではない。犯人に対してではない。
更紗の両親…特に母親は一風変わった人で、嫌なものはやらなくていい、やりたいことを、楽なことを楽しみたいという性格だった。そんな彼女を愛していた父親もまじめな公務員という仕事につきながら、自由な生き方に寛容だった。
重いランドセルなんて背負わなくていい、夕飯がバニラアイスでもいい。
そんな両親に育てられた更紗もまた、その考えに感化されて生活していた。
だが、父親が病で突然亡くなり、更紗の生活は一変する。
父親の死を嘆いていた母は恋人を作り、更紗を置いてどこかに行ってしまうのだ。そんな彼女を引き取ったのは、母方の伯母だった。
生活も一変する。常識という枷が彼女を縛り付ける。更に、いとこに不快な事をされ、伯母の家に帰ることがたまらなく嫌になっていたころ、公園で一人の青年と出会う。
雨に濡れる彼女に傘を差しだし、一緒に来るかと、尋ねられ、更紗はついていく。文(ふみ)と名乗った青年は、更紗を家に連れるが、特に何も強要しなかった。だが、更紗の自由さは、文の生活を巻き込んでいく。
そして始まる奇妙な共同生活。それは、更紗の自由さを取り戻していく。
だが、そんな穏やかな日々は続かず…。更紗の伯母が誘拐を警察に訴え、ニュースになっていった。更紗の顔はメディアにも使われていたこともあり、二人で出かけた動物園で、更紗を見た人の通報から更紗は保護され、文は逮捕されてしまう。
その後伯母の家に戻されるが、いとこに襲われそうになり、思わず瓶でなぐりつけてしまったことから、養護施設に預けらることになる。
いつまでも付きまとう事件に悩みながらも、恋人と同棲し、それなりに安定した生活をしてた。
そんなある日、パート仲間に誘われて、夜だけ開けているというカフェに行くことに。そして、そこのマスターとなっていた文と再会する…。

事実は真実ではない

この本でずっと描かれているのは、この一言なんじゃなかなあと思います。

常識にとらわれない生き方の難しさ

もともと更紗は地涌奔放な両親に育てられます。だから、「なぜ夕飯にアイスクリームを食べてはいけないのか?」という疑問を持ったりします。食後のデザートではなく、メインのご飯ではなく。
また、子供には少し刺激が強いのではないか、という映画もみせていたりします。
だから、学校の友達の言う常識がわからず、少し浮いた状態ではあったりします。けれど、更紗はそんな事を両親のもとにいた時期は気にする事はしません。むしろ伯母の家に引き取られ、「子供はこうあるべき、女の子はこうだ」という常識に縛り付けられます。
また更紗もその「常識」を考えていかないと、この世の中を生きていけないことに気づいて、同調していくのです。そんなときに出逢ったのが文でした。
文はマニュアル通りに自分を育てた母親の影響を受け、きっちりとした生活をしていました。定刻に起きて決まった生活をする。
そんな中で更紗と出会い、彼女の自由になりたりという雰囲気に手を差し伸べるのです。
確かに19歳の青年が見知らぬ10歳にも満たない少女を自分の家に連れていくというのは非常識極まりない行為です。
でも、真実はその行為が更紗を救っていたのです。
だけど、「常識」のフィルタのかかった大多数の目で見ると、「少女嗜好」…つまりロリコンの男が少女を連れ去ったと見えてしまうのです。

「常識」の束縛

事件の「事実」…つまり、ロリコンの青年に連れ去られた女の子という更紗に向けられた視線は、「きっと彼女は何かをされたのだろう。だからそれを隠したくて彼をかばうことを言うのだろう」という感じです。それはずっとつきまとうもので。成人し、恋人ができても縛られていくものでした。
人のうわさも75日、なんていいますが、ネット社会の怖さは、どんな過去でも検索すればでてくるし、それによって、いつまでも「過去のもの」にはならない。という事です。
更紗の恋人は理解あるようにうなずきますが、その「事実」のみを信じ、彼女の「真実」の言葉に耳を傾けてはくれません。
むしろ「一人っ子」の自分と結婚し、家に入ることが正しいと思い、彼女もそうあるべきだと、無意識に押し付けています。
…まあこの彼氏もDV野郎でちょっとね…な性格だったので、同情の余地もあったもんじゃないのですが。
また、更紗の伯母を含め、周りにいる人物が「常識」の視線でみて、二人を「真実」の目で見ようとしていません。そのため、更紗が本当に欲しい手を差し伸べてはくれません。
だから、結局、更紗は周りとの間に深い溝を作ってしまうのが悲しかったですね。

「真実は違う」ということ

更紗だけでなく、もう一人の主人公である文もまた、そんな常識でマニュアル通りに生活していますが、自分の中の非常識に囚われている人物です。
ロリコン…ではなく、彼自身の体はそもそも異常があったのです。
確かに美しい女性より愛らしい少女を見るほうが愛おしいという描写もあり、更紗に声をかけたときも、そういうことができる?的に考えたことも正直に描かれています。けれど、実際更紗をそばにおいてもそういう意味で彼女を見ることができません。
小説の中で、直接には彼の病についてははっきりと書いていません。ただ、先天的なもの、その体の異常は中学に入るころ…第二次性徴の頃に文本人が気づいていること、また、第二次性徴期をすぎたあとの治癒は難しいことなどから、「カルマン症候群」ではないか、と推察されてますね。ふむ…。

http://kallmannsyndrome.jp/kallman.html

思春期遅発症…ともかんがえられますけれど。

https://www.hospita.jp/disease/3487/

まあ、どちらでもいいのですけれどね。本質はそこじゃないですから。自分が欠陥品であることを自覚している文もまた、あの時引き裂かれた更紗をずっと気にしていました。そういった意味で、文にとって更紗は特別な女性でした。

ストックホルム症候群

誘拐された側が誘拐した方になんらかの脅迫や同調から離れられなくなる、という事らしいです。よくある連れ去りの被害者と犯人の間にそういう感情が芽生えると、逃げることを考えられなくなる…んだそうで。

https://kotobank.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A0%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4-671903

周りの人たちは更紗をそのストックホルム症候群ではないか、と同情します。そこはやはり「常識の目」からそう考えるんでしょうね。
ただ、更紗はずっとそれは違う、と言い続けます。自分が自由でいられる大切な場所なんだ、とそう訴えているのですが、そう言えば言うほど同情される悪循環…。

もうそっとしておいてほしい

更紗と文の間にあるものも、一種の「愛」なんでしょう。ただ、それが「一般常識」の「愛」と異なるだけで。
更紗も分も、お互いを「そういう事をしたい」相手とは見ていません。けれど、「ずっとそばにいてほしい」と願っている。
だから、ずっと一緒に暮らしていくことを考えています。けれど、ネットには当時のニュースは検索すればでてくる。
また、今は〇春砲のような週刊誌のように奇妙な事件を好奇な目で見て自ら記事にしたり、そういった週刊誌にリークしたりする時代。だから、どんな場所にいっても、検索されればあの事件の被害者と加害者という目で見られてしまう。
だけど、読後は…もう、二人をそっとしておいてほしいと願わずにはいられない。
まああまりいただけないことをしたけれど、文は行き場を失っていた更紗を助けていたし、更紗は文の光になっていた。もう、10数年前の幼い二人の出来事を掘り起こして生きていけないようにしないでほしいと…、そう思いました。

NextBookに悩もう

最近読んだ本はどれも素晴らしくてオススメしたい本ではありますが…ありますけれど。
ヒロインが…あまりにも不憫で重い、しかも最新の傾向なのか、さらっとしれっとヒロインの不幸っぷりを描く作品を多く読んできたので…次は…軽いものを読もうかな…と。
いや、大好きですけどね。そういう本。