中央システム株式会社

女神のタクト

以前購入した…いわゆる積ん読状態だった本を消化しようと、手に取りました。すっきり読みやすくて、楽しい本でした。

あらすじ

主人公の明菜は、職と恋人を失い、傷心の旅(?)に出た。
人生の谷底とも言える状態なのに、わくわくしている…。そんな彼女がふと降りた駅で、海辺を散策している時、奇妙な老人と出会う。
iPodでラフマニノフのピアノ協奏曲を聞いているその老人は、明菜に「京都にいる、ある男を神戸に連れてきて欲しい」というアルバイトを頼まれる。
その男とは、一宮拓斗。かつて世界大会で優勝した指揮者だが、今は京都でひっそりと音楽を教えているという。
実際に会ってみると、拓斗はとてもおどおどした頼りない人物で、明菜はその様子にイラっとしながらも、半ば強引に神戸に連れていく。
拓斗を連れて行った先は、弱小のオーケストラ。
実は拓斗にはそこのオーケストラで指揮をしてほしいというのだ。
だが、指揮をするのは頑なに拒否する。それは、拓斗を今のような状態にしたトラウマもあるのだが、明菜は半ば脅すようにして、指揮をさせようとする。
その代わりそのオーケストラの年末のコンサートに向けての準備を手伝う事となり、楽団の事務員として働きだす。
そして、拓斗やオーケストラ、事務の仲間と共にあれこれと奮闘することになる…。

パワフルな女神

明菜は、かつてヴァイオリンを習っていて、そこそこの実力があったが、家庭の事情で演奏家としての夢が…という設定なので、音楽やオーケストラについてはそれなりにあります。
そのうえで、弱小楽団がいかにチケットを裁き、成功を納めるかの大変さも分かるのですが、その苦労も持ち前のパワフルさで何とかしていきます。
拓斗はもちろん、周りの人々の𠮟咤激励にもなるし、その力でアレコレ発生する問題も解決していけたりするのですが…。

意外とハードモードな明菜の人生

パワフルさで忘れがちですが、明菜の人生はかなりハードです。父は運送会社を経営していたけれど、高校生の時にその会社が倒産。しかもその責任をとるかのようにその父が自殺。大学まで音楽をというのを断念し、中小企業に就職したが、そこで知り合った男性と不倫関係になり、更に仕事でトラブルを起こし、その会社を解雇される。
そんなハードな人生が嘘のように、明菜は快活に動いていきます。まあ、前半辺りは自棄っぱちのような感じもありますが。

様々なトラブルもパワフルに解決する

弱小楽団なので、スタッフもギリギリなので、やることはたくさん。そして、事務員も中々に個性的でそれゆえに、まあ…かなり苦労します。
例えば、年末にコンサートを計画するが、計画自体かなりギリギリという中で会場を探すのも大変…とか。
会場にとある大学のホールを借りたけれど、その条件として、その大学の学生の提案も考慮し、ステージ制作を学ばせるという無茶ぶりを、決められた予算や期間でなんとかしなけばならなかったり…。
そして、とある事情で、最初に決めた演目から急遽曲を変えることになり…その為に東奔西走したり…。
そこでもトラブルがあったりするのですが、彼女は持ち前のパワフルさを発揮し、解決しています。もちろんそのトラブルを解決するための能力ももっていたからできたのですが。
明菜のそんなパワフルさに拓斗はもちろん、楽団のメンバーや事務スタッフも影響され、コンサート成功に向けて奮闘していくのです。

クラシックから演歌まで

明菜が音楽に目覚め、そして、拓斗の生演奏を聴いて感動したエルガーの「ニムロッド」。
老人との出会い、そしてこの物語のターニングポイントとなるラフマニノフの「ピアノ協奏曲」。
コンサートの曲目のひとつであるベートーベンの「運命」。
クラシックの曲目と練習風景などで、話は彩られているのですが。
明菜の名前から…中森明菜の十戒が出てきたり、明菜の父が好きだったという「天城越え」…。様々な音楽があって、それが人生に絡んでいって、物語を創っていいます。それこそ、「交響曲」のように。
いや、しばらく弾いていないと言いながら、やっつけで「天城越え」を演奏できる明菜ってすごい…。

これからの彼らがどうなるのか

明菜の出会った老人は、実は拓斗の祖父であり、日本でも有数の大企業の代表だった人でもありました。楽団はその老人が作り、会社がスポンサーとなっているのです。
そのつながりから出会い、コンサートを成功させるべき奮闘していくなかで、二人の間もなんとなく…な感じになっていきます。
けれど、二人が上手くいったのかどうか…それは色々ととらえられる感じなので、そのあたりは読者の想像にお任せ、になっているのかなあと思いました。
私が思うに…きっとうまくいったのかなあ?とも思ったりしたのですが、いや、そうすると、拓斗は明菜の尻にしかれていそうだなあと(笑)。

意外なつながり

この本の作者は塩田武士さん。
実は以前、この型の本を読んでいました。

かの”グリコ・森永事件”をモチーフにした、重厚な物語「罪の声」と同じ作家さんでした。
多分…同じくらいに購入している。。はず。なのに気づかなかったのは…文庫とハードカバーで、棚に置いた場所が違っていたからに違いない(笑)。
とても読みやすい文章で、グイグイ読める作家さんです。
まだ知らない作品もあるようなので、今後読んでみたいと思います。