中央システム株式会社

愛されなくても別に

近年「毒親」をテーマにした作品が多いなあと思う日々。それは「そんな親なんているわけない」というファンタジーとして読まれているのか、「私だけじゃなかったんだ」と共感されて読まれているのか…。
作品としては読みごたえがあり、さすがだなあといった骨太な内容でした。

あらすじ

主人公の陽彩(ひいろ)は大学生。日々バイトに励み、家に入れる月8万と学費を稼ぎながら大学に通っていた。両親は幼い頃に離婚し、母親との二人暮らしをしていたが、奔放な母は仕事もしているが、若い恋人との付き合いなどで金遣いも荒く、 陽彩はそんな生活を諦念したように過ごしてる。
そんなある日、同じコンビニでバイトして、大学も同じだが今まで接点がなかった雅と出会う。
彼女の家庭環境も複雑で、色々な噂があるため、同級生たちも遠まわしに眺めている感じだったが、ひょんな事で話をするうちに、少しずつ距離を縮めていった。
そして、お互いの環境を知り、会話したりする中で雅は 陽彩の母親の行動を不信がるように、奨学金の行方を尋ねてきた。 陽彩は奨学金をもらっていましたが、実質借金であるそこには手をつけず、バイトで稼いで払っていたのだ。もしものために借りてはいたが、卒業後、返済できるようにと思っていたのだ。
が、その奨学金に母親は手をつけていた…雅の不安通りに。ショックを受けた 陽彩は母親と絶縁し、雅の誘いを受けて一緒に暮らすことにするのだった。

親の毒が子供を苦しめる

この作品では、様々な形の毒親が登場します。

陽彩の場合

陽彩が奨学金を不信がるのは、雅の言葉だけでなく、いなくなったといわれていた父親が目の前に現れ、意外な事を言う事からなのですが。
陽彩の両親は幼い頃離婚していて、そこから母と暮らしているのですが、父親の消息は知らない上に、養育費も払っていない、と言われていました。
が、目の前に現れた父親は実は養育費を支払っていた上に、遅くなれば鬼のような催促があったというのです。
そんなものがあるとは知らなかった 陽彩は愕然としますが、更に二十歳まで支払う事になっていたその養育費も再婚相手の連れ子がお金がかかる年頃になったからストップしたいのだがいいか?という、絶望的な話で。
…読んでいて、え?と思いました。え?連れ子が可愛いのは分かるけど、実の子供は放置で生活が苦しいからストップ??
それ以前にその支払っていたお金はどこにいった?という話で。
そして通帳を確認すると、まとまって入っていたはずの奨学金がすっからかんになっていたと…。
すべて母親の贅沢に使われていたのです。
深夜までバイトし、学校に通いながら家事もこなす自分が哀れに見えてくるのも仕方がないです。
この母親が家事がまるでダメで、掃除も洗濯も食事も 陽彩まかせ。自分が食べて飽きたものを陽彩にあげるとか…ちょっと酷いとかいうレベルではないくらいのDQNな毒親です。
いや、小説の中とはいえ、大学に入るまでよく陽彩我慢したなあと思いました。そんな軽い感じでいうものではないですが。。。

雅の場合

陽彩の助けとなる雅ですが、彼女の人生もまた、親に恵まれていません。 陽彩と同様、両親は離婚していて母親とくらしているという境遇ですが、別れた父親は離婚後ひき逃げ事件を起こし、犯罪者になったのに、逃亡しています。
その被害者が、父親を捜す為に雅を追い回していたり(まあもうちょっとソフトな感じですが)…。
母親もそんな不幸から子供を守るタイプではなく…。
そんな親から先に見切りをつけ、逃げ出しても、やはりどこかで付きまとわれる…。
こちらも親の毒を被って生きてきた感じです。
性格からなのか、経験から諦念しているからか、開き直った感じがしていて、 陽彩ほど不幸感は感じられませんけれど。

木村の場合

陽彩の大学の知人で、雅の噂から、彼女に近づかないほうがいいと警告する立場で登場しますが、物語の中盤で 陽彩たちに深く関わってきます。
この木村の母親は、 陽彩たちとは違い、過干渉です。子供は自分のいう事を聞くべきだ、というスタンスで、それに反発して地元ではなく上京してしまった娘について、過剰なほど干渉してきます。
そしてそんな逃れられないものから逃げるように、木村は新興宗教まがいの集まりに参加するようになり、同じように不幸そうな 陽彩をそれに誘う…という事が起きるのです…。
私自身は一人暮らしを経験したことはないので、親がどれくらい心配しているか、とか家族とどの頻度で連絡を取り合うか…とかは分からないところがありますが…この木村の母親のように、毎日のように、かつ、生活にアレコレ口を出すようなことは、ほとんどないんじゃないかと思います…。
この木村のエピソードは、意外な展開を見せて、 陽彩に色々考えさせるようになっていきます。詳細は、どうぞ、読んでみてください(笑)。

人は誰かに救われる

毒親の呪縛から、 陽彩が雅の言動により抜け出した…たまたまかもしれませんが…ように、一人で生きていくと考えていても、やっぱり他人と干渉せずには生きていけないわけで。
陽彩も雅も、一番の身近な他人である親から悪影響を及ぼしていることもあれば、お互いのように、自然と救われていっているような関係もあります。
前者のような事も実際生活では多々ありますが、後者のような事も確かにある。
二人の関係は他人からみたら奇妙な感じではあったりしますが、それでもらしく生きていくには出会うべくして出会えた…そんな感じがしました。
物語は 陽彩の斜に構えた一人称の視点で描かれていますが、雅によって人生が変わっていく。ラストのシーンはそれを表してるようで、読後感がすっきりしました。

武田綾乃さん

作者の武田綾乃さんといえば、こちら。

「響け!ユーフォニアム」はアニメにもなりましたが、武田綾乃さんの代表作でもあります。京都の吹奏楽部を舞台にした爽やか青春ストーリーです。部活に吹奏楽に頑張る物語ですが、学生時代に部活や生徒会などの活動して汗を流したような人には、共感できるようなお話です。
主人公の黄前久美子とその周りの人々の話で、一旦お話は完結してますので、おすすめです。
この作品からはいると、この「愛されなくても別に」は意外な方向性だなあと感じました。
けれど、成人になるかならないか、の少女とも女性とも言えない思春期世代を描くのがとても上手です。
久美子も陽彩もどこか達観しつつも、何かを爆発させるのかさせないかの危うさを持つ、そういう世代の心の機微をとても鮮やかに描いています。
同世代には「うんうん、そうだよね」だし、それより上の世代には「ああ、そういう時代あったねえ」と思わせてくれます。

吉川英治文学新人賞

第42回の吉川英治文学新人賞を受賞したとのニュースを知り、驚きました。
このコロナ禍であまり書店に寄れず、出版されていたのをこの時に知ったのです。最近そういうのが多いのが少し悲しい…。
作品の内容は受賞にふさわしい、素晴らしい作品でした。まあ。「響け!~」を知っているので、新人??とは思いましたが(笑)。文学賞の新人ってどれくらいまでなのだろうと、少し気になりました。
そしてこの時、吉川英治文学賞も私が個人的に昔から好きな作家さまで、そちらもうれしかったのです、が。
…この時、 吉川英治文学新人賞を同時に受賞した方がいまして。まあ、某有名なタレントさんだった事で、話題になりました。…ただ、メディアのニュースが…その方ばかりで…ちょっとなあと思いました。
まあ、そちらを話題にしたほうがニュースになると理解してます(ファンも大げさに喜んでくれるから話題になるし…)が。
同じ新人賞を取った方も、本来の文学賞を受賞した方も素晴らしい作家さんだったので、おまけ扱いどころか、ちょっと空気だった記事を読んで…少し悲しくなりましたね…。
それが仕事だから、読んでくれる記事を書くのは当たり前ではありますけどね、と思ったことも思い出しました。