中央システム株式会社

滅びの前のシャングリラ

もし、一月後に地球が滅びるとしたら、どうしたいのか。そんな突飛な設定なのに、SFでもなく、ホラーでもなく、ヒューマンドラマでした。
人って醜くて、美しくて、怖くて優しい。読み終わった後に感じた感想がそれでした。矛盾した二つの感情がグルグル渦巻いているような、そんな感じ。

あらすじ

「一月後に小惑星が地球に落ちてきて、絶滅する可能性があります」
そんなニュースが飛び込んできてから、そのひと月の話を、4人の主人公の視点から描いてく物語。オムニバスというか連動する一つの話を視点を変えて描いているような感じです。
一人目は、学校でいじめを受けている広島に住む友樹という男子高校生。背は高いがぽっちゃり体系で、からかわれやすく、パシリに使われる日々。心の中で獣を開放し、いじめっ子たちを倒す妄想はするけれど、それが実現することはなかった。
そんな時、小惑星が落ちてくるニュースが流れてくる。初めは冗談のように話していた事が、段々真実味を帯びてきて、世の中がピリピリするなか、友樹の憧れの雪絵が東京に行くと言い出す。Locoという歌手のコンサートに行くというのだ。だが、こんな状況で実際に行われるのか。だが、雪絵はそれでも行くという。そんな彼女に片思いをしている、友樹をいじめている井上という少年と取り巻きたちが、ボディガードと称して彼女についていくという。友樹もそんな彼女を心配し、こっそり後をつけていき…。
二人目はやくざの信士。親に恵まれず、荒んだ生活をし、結局反社会的な生活を送るようになった彼は、あとひと月で死ぬとなる直前に、兄と慕う男から、とある人物を殺してくれ、と言われる。だが、それも実行後に混乱の中あいまいとなっていく。最後にかつての恋人を思い出し、尋ねることにする…。
三人目は静香。友樹の母親で、彼女もまた恵まれた家庭環境ではなかった。そして、信士とも浅からぬ縁があり…。混乱する情報の中、思い人を護るために東京に向かった友樹を心配するなか、信士が訪ねてくる。そして、その信士と共に、友樹の安否を尋ねて東京に向かう…。
四人目はLoco。売れっことなった彼女は、ひょんなことから芸能界にスカウトされ、デビューする。売れない時代から、新しいプロデュースを受け、人気になるが、それは彼女の何かを壊していくものだった。信頼していた恋人の裏切りと絶望の中、間もなく滅びる世界を前にとある決断をする。

とにかく「すごい」しかなかった

あらすじを考えながら、どこまで書いたらいいのか…。と悩みました。とにかくこれは読まないとわからない感覚だし、だからあまりネタバレ的な話をして、その面白さが半減してしまったら作品に申し訳ないし…。そんな中で、私なりに読みどころを紹介したいと思います。

狂気を俯瞰して眺める世界

オビにかかれているから、大丈夫だと思いますが、主人公たちは「人を殺す」という行為をします。友樹の場合はちょっとニュアンスが違いますが、混乱する世界のなか、パニックになり、正気を失っていく世界。人の心も荒んでいく。略奪や放火、なんでもありの無法地帯。
そういうパニック時に現れる怪しげな新興宗教が、天罰だとテロのように無差別殺人まで起こす…。
パニック映画のような混沌のなかで、どれだけ正気でいられるか…。
ある意味、主人公四人はどこか冷静というか冷めた目で、この恐ろしい世界を見ているのです。

幸せになりたかった

主人公4人、Loco以外はつながりはありますが、年齢も違った帰れらの共通は、「幸せになりたくて、無意識に声なき声を上げていた」人たちという共通点ががあると思いました。いじめ、毒親、自分を見失う…そんな中で、彼らはその状況を仕方なく思っていながらも、どこかしあわせを求めていた。
静香がメインの話のラスト。友樹と雪絵、信士とともに、Locoがコンサートをするといわれる大阪に向かう中、新興宗教の信者が逆恨み(その前に彼らはその宗教団体とトラブルをおこしていたので)をしたときに、「おまえらみたいなばかなやつらが幸せな家族として死んでいく」というような捨て台詞を吐くのですが、それを聞いた静香は驚くのです。
このひと月、四人で生活していくうちに、自分たちになにかしらの絆がうまれ、本当に欲しかった、”幸せな家族”というものを最後に得られたことを喜ぶ…というシーンが、それを物語っているように思えました。

最期はハッピーエンド…だと思う

この物語は、最初に「小惑星が落ちて滅びます」というラストを明確に宣言しているので、彼らの最期はきっと…なんだと思います。
だけど、そのラストシーンは、生き急ぐでもなく、死んでしまう絶望を悲観するわけでもなく、どこか達観としていますが、それでも一つの光を見つけたような、そんな感じがしました。
結局、もしかしたらいきのこるかもの、数パーセントの中にいてしぶとく生き残ったのか、幸せをかみしめて…なのか…そこはまあ、下手に書いてしまったら蛇足だったかもだったので、このラストでよかったのですが。
個人的には、生きていても死んでいても、彼らは幸せを感じていたんだからハッピーエンドだったのか、と思いました。…なんかちょっとチープな言い回ししかできないですが。

凪良ゆうさん

この「滅びの前のシャングリラ」は、読者大賞受賞後の最初の小説なのですが。
その読者大賞ととった作品もすごかった…。

「流浪の月」。こちらも素晴らしい作品です。今年はよい本をたくさん読んだなあ…。
あと1冊、まだ未読の作品があるので、それを読むのが楽しみです。