中央システム株式会社

数学者の夏

久々に藤本ひとみ先生の本を読破。
相変わらず読ませる文章で、難解な設定でグイグイきましたね…。

あらすじ

主人公の和典は、夏休みを利用し、長野の伊那谷を訪れる。過疎化がすすむこの村は、学生を集い、活性化させる為に夏休みの期間、学生村をつくり、静かな環境で勉強ができるようにと、宿と食事を提供する活動を行っているのだ。天才高校生として数学を極めていこうとした和典は最近行き詰まりを感じ、環境を変えて没頭すべく、この企画に参加する。
だが、勉強に夢中になるあまり、つい食事を忘れてしまったり、なかなか生活になじめずにいる時、誤って計算に利用していた紙を外に飛ばしてしまう。
紙を探しに下の民家に行くが、庭にはないという。
不思議に思いながらも、ステイ先の家族との付き合いなど不器用ながらもなんとか生活に溶け込もうとしていく。
そんなある日、静かな村で不思議な事件が起きる。
ガソリンスタンドからガソリンが盗まれたり、近日開館を予定していた資料館のガラスが割られていたり…。
初めはそんな事件をながめているように見ていた和典だったが、煮詰まる数学の研究の息抜きのようにそんな事件を追うことに。
そんなある日、つい忘れがちになる学生村参加者の食事時間に会場の公民館に向かうと、以前交際していた彩も参加していた。
再び急接近したようなしないような。あやふやな関係に戸惑いながら、計算と事件にのめりこんでいく和典。
不可解な事件は、段々と村を揺るがすような大事件へと発展していく…。

数学と事件と恋愛と

相変わらず色んな事をもりもりと盛り込んでいるのに、見事にまとまっていて、一貫しているあたり、すごいなあという構成でした。
主人公は数学では天才的で、素数を愛し色々な理論で解決を試みようとして、スランプに陥り、更に高校生という微妙な立場から、将来を真剣に考える世代として、この数学をどう役立てていくのか、実際これから役立つのかを悩んでいます。
小説の中でも描いていますが、実際数学を利用するような仕事というと、研究をつきつめて学者になるか、学校や塾のような教える立場になるか、企業でもITなどといった場所を選択するのか…。結構限定的です。
そういった中、どうしてもうまくいかない計算でつまづき、一気に不安になり、そこから、じゃあ自分は数学が好きなのか…まで考えてしまう。
そんな和典が考えているのが「リーマン予想」というもの…。数学アレルギーの私にはサッパリなのですが、高等数学の理論…もちろんそれ以外の理論も出てきます。
しかも、悩む和典の前に現れる、数学の天才…。色々あって人生をあきらめ、ニートになっているその人物との出会いから、和典の考えや気持ちも、不思議な事件の解決へと進んでいきます。
そして事件…。さほど大きな事件、例えば連続殺人事件といった事が起きた訳ではなく、窃盗や器物破損レベルのものですが、不可解な事件が連続しておきます。
その頃、和典が世話になっている家の主人が、勤務していた工場の工場長となることに。
だがそれまでは、革新的な提案を快諾し、推し進めていくような人物だったはずが、なぜか保守的になり、工場独立を考えていたはずが、保守的な立場に…。そして、好奇心からその工場の背景などを調べていくうちに、そこにある闇を見つけてしまったり。それは、今の時事(コロナ禍)を利用し、日本的有耶無耶ぼんやりと解決するのですが、その辺りの展開も流石でした。。。
そして、かつての恋人との再会…。あ…なんか色々あっさりしてるなあと(笑)。
数学の話や事件の話はかなりの熱量で描いているのですが。。。クールなイメージの和典が意外とこういう調査ごとには追及心が高い感じで…。
なのに、恋愛については鈍いというか…。彼女の関係も高校生にしては結構冷静というか…イマドキという感じでるような。。
結局のところ、彼女との関係は進展したのかどうなのか…さて…といった感じなのですが。
色々濃密が過ぎる話なので、ここはあっさりでいいのかもしれません。恋愛ものじゃないので。

藤本ひとみ先生

私たち世代としては、やっぱりコバルト文庫、先生のデビュー時代から読んでいたので、こういうミステリーを生き生きと描いているのを読ませていただくと、ああ、先生らしいな、って感じがします。
今回は事件が殺人事件のようなものではないし、現代日本なので、血沸き肉躍る(…)ような展開はないのですが、難しい話…今回は数学の理論などを利用して、展開を複雑そうに見せています。
多分この事件、数学者であることは重要で、それが未来にどうつながるのかを不安にさせている。しかも自分より更に天才的に数学ができるのに、ニートとして生きる人との対比もあり、それが主人公が将来を考える一因ともなってますしね。そして、その壁に徹底的に負けることを生き生きと描いています。そうね…そういう事で熱くなる男の話は昔から得意としてましたから…「王領寺静」ってネームでわくわく書いてらっしゃったのを知ってる人は…同世代…。
でも、先生は「苦手」ってお話でしたけれど、恋愛もの、コバルト時代に結構書いて、好きでした。
「星霜シリーズ」は3作だけでしたけど、…かなり好きな作品でした。
そして、香織シリーズ…初期の名シリーズ…マリナシリーズと交互に書いてらっしゃった時代が懐かしい…。
いや、コバルト文庫事態が風前の灯で、個人的には悲しいものですが。。。
香織といえば…。名前だけ出て、結局幻となってしまった「マシュマロ寓話」という、タイトルだけ発表された作品…どうなったのでしょうね…。
確かシリーズのイラストを描いてらっしゃった方が留学で日本からしばらく遠ざかるから、帰国まで待つって感じになり、それからその留学が長引き、先生も他シリーズを書き出して…さて…。
いつか、どんな作品だったのか…読んでみたいですけど…先生、もう少女小説の世界は…どうなのでしょうかね…。
ユメミと銀の薔薇騎士団は、最後のほうは別の方に書いていただいてたんですよね、レーベル変えて…。
それはともかく。
久々に読んでいたら、他の作品も読みたくなってきました。初期の作品…読みかえします。