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52ヘルツのクジラたち

色々なところでオススメされている、今話題の本を読んでみました。
こういうご時世だからこそ、読んでほしい。一言でいうとそんな本でした。

あらすじ

主人公は、九州のとある海辺の片田舎に引っ越してきたばかりの貴瑚という女性。彼女はどうも訳ありだと、周りから言われているようだ。
田舎独特の好奇な目に嫌気がさしていた時、話が不自由な少年と出会う。
何度か会ううちに、彼が虐待を受けていることを知る。それは貴瑚にとってとてもショッキングな事だった。彼女もまた、親から虐待を受けていたのだ。
貴瑚の母は私生児として彼女を産んだ。その後、貴瑚の実父とは別の男性と結婚し、弟を産む頃になると、彼女への虐待が始まった。
それでも高校までは耐えていたが、その頃義父が寝たきりになると、その義父の介護を貴瑚に強要してきたのだ。
体が不自由な事でますます我儘になる義父。それを放置し、罵る母。実の父であるはずなのに、何もしない弟。彼女の人生は家族によって搾取されていたのだ。
そんな彼女を助けてくれたのは、貴瑚の高校時代からの親友の美晴と、美晴の同僚のアンさんだった。
なんとか家族の束縛から逃れた貴瑚。
そんな自分と重なるようで、少年をそのままにできないと貴瑚は少年と共に暮らすようになる。
そして、突然いなくなった貴瑚を心配してやってきた美晴に言われ、少年の他の身内…少年が戻りたいと言っていた北九州の縁戚を探すことに。
その旅の中で、少年の過去を知り、そして美晴に今まであった出来事を話す…。

52ヘルツのクジラとは

https://ja.wikipedia.org/wiki/52%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%84%E3%81%AE%E9%AF%A8

クジラは仲間を探すとき、10~32ヘルツの周波数の声をあげるのですが、唯一52ヘルツの周波数を上げるクジラが1頭いるそうです。ですが、この52ヘルツではほかのクジラは受け取ることができず、近くにいても決して仲間とは認識されない、孤独な個体なのです。
この作品では貴瑚や少年のように、虐待等により、一般社会から疎外され、認識されない人々とこのクジラのようだ、と表現しています。

ここがオススメ

私の読んでほしいと思ったポイントは色々あります。

虐待という社会問題

貴瑚と少年…小説の中ではなかなか名前を知ることができず、貴瑚は少年を52ヘルツのクジラから52と呼んでいます…は、親から虐待を受けていました。
年に数回、悲しいことですが、ニュースになってしまうほど、子供への虐待は社会問題となっています。
育児放棄(ネグレクト)や、体罰…。ニュースになるのはその結果悲しい結末になってしまった案件だけですが、実際のところ私たちが見えていないだけで、虐待は近くで起きているのかもしれません。
子供にとって、親は庇護者であるはずなのに、逆に攻撃される側になる。
そんな絶望的な事が起こりうるんだという現実をきっちり描いているのです。それは、知らないという人へ突きつけるように。

社会的少数者の視線

貴瑚を虐待から救ってくれたアンさんと呼ばれる男性…、実はトランスジェンダーだったのです。
GLBTという言葉は世の中に浸透してきていますが、どことなく自分たちとは違う特異なもの、とつい見てしまう傾向はまだあります。
実際ゲイやレズビアンをカミングアウトする有名人も増えてきていますが、彼らのカップルは男女カップルのような社会的地位はありません。婚姻や相続といった問題は、ずっと変わらずあり続けています。
そういったに権利の阻害ついても問題ですが、知られた時点で、奇異な目で見られてしまうといった、社会的な問題もずっと引きずっています。
好きになる相手が異性ではない、体の性と心の性が違う…。そういった「自分」とは異なる点を持つ人を「自分のものさし」で見てしまい、彼らの心を傷つけているという問題がこの小説の中では物悲しく提起されています。

彼らを護る人がいる希望

虐待やトランスジェンダーといった、一般的には少数で社会から外されてしまっている人々。悲しくもそれで悲しい結末を迎えてしまった人もいますが、貴瑚にとっての美晴や、少年を護り育ててくれようとした縁戚の人々のように、悲しみの連鎖から救ってくれる手を差し伸べてくれる人々がいます。パンドラの箱の片隅にあった希望のような存在。それが物語に流れる物悲しい空気の中の光のようなものになっています。

彼らの未来が希望に満ち溢れていますように

ネタバレになってしまうので、結末は詳細に話せませんが。
ただ、現在の法律や様々な問題提起の結末として、とてもよい終わり方だと思いました。今までつらい思いをしてきた彼らがこれからは幸せでありますように。
そんな気持ちを前向きに思うことができる。だから、読後が感動し、ほっとさせているのだと思います。

魂の番(つがい)

貴瑚を助けだした時、アンさんが「人には魂の番というのがいる」と諭すのですが。
互いを護り、助け、そばにいる存在がこの世のどこかにいる。そういう人を探せ、というのですが。
貴瑚はその相手を見誤り、その結果、美晴の目の前からいなくなる原因となってしまったりします。
この中では貴瑚も少年もお互いがそう…という感じではなく…むしろどちらともとれるニュアンスで、読み手の解釈に任せている感じがします。私は二人は近い…けれど、お互いには別のそういう相手がいるんじゃないかと思いました。
村中という、地元の男性で冒頭は失礼な人物…に見えて実は結構いいひとだった彼辺りがきっと貴瑚のそういう存在じゃないか、と。

いろんな角度から色々考えさせられる

虐待、片親、私生児、トランスジェンダー…いろいろな社会問題を提起し、だけど難しく考えなきゃと身がまえず、さらりと問題提起してくるので、読後色々考えさせられます。
現にこうしてブックレビューを書いている今も、振り返りながら色々考えてしまうくらいですから。
どの問題も大切な問題ですので、これからもじっくりと考えていければいいなと、思いました。