久しぶりに谷崎潤一郎の世界にどっぷり…。この独特の美しさがたまらなく好きです。しかも絵がマツオヒロミさん。出版されると知って、即ポチっとしました。はい。好きと好きが足されたら、ねえ。
あらすじ
主人公の「私(男)」は、東京市内のとある寺を間借りしていた。しかし、その決まったような生活にうんざりしていたので、夜になると、こっそり抜け出していた。そして、大通りではなく、少し不思議な空気を漂わせる空気を楽しむように路地裏を徘徊していた。
そんなある日、古着屋を見つけた私は、そこで女ものの着物を見つける。
美しく、少し退廃的なデザインのそれを気に入り買って帰る。
そして、翌日からその着物を着て、街を徘徊してみる。
女の格好をしているが、実は自分は男で。すれ違う人々の視線を欺いていると考えると私はゾクゾクする。そんなある日、私はとある劇場に入る。
暗闇の中、隣にだれか座る。そっと確認すると、恋人なのか夫婦なのか、一組の男女だった。
しかも、自分の隣に座った女を確認すると、数年前、欧羅巴(ヨーロッパ)旅行をした船の中で出会い、その期間だけ男女の関係を持っていた女だった。
驚いた私は、その時一方的に自分から分かれたはずなのに、また関係を持ちたいと考え、急いで手紙をしたため、そっと彼女の着物に忍ばせる。
帰ってきて被っていた頭巾をようよう外すと、はらりと紙片が。それは、手紙に気づいた彼女からの返事だった。
お互い、今の住まいや生活を知らせたくなく、彼女の提案で、浅草の雷門で夜落ちあい、彼女の指定した人力車に乗る。その時目隠しをすることを条件で逢瀬を重ねることにするが…。
ザ・谷崎潤一郎の世界
数ある谷崎潤一郎の短編の中の1作品ですが、短い中にも谷崎の世界が見事に繰り広げられていました。
「秘密」の意味
子供の頃、秘密の基地とか、ちょっとした路地裏に冒険心を駆り立てられたことはありませんか?
廃屋のなか、古びた神社…。ドキドキとわくわく…。
大人になれば、そういったものから離れていってしまうものですが、主人公はそういった「童心」のような感覚を持ち合わせています。
冒頭、その感情について描かれています。兆帖とも思うその話を読んでいくうちに、自分が「私」になった感覚になり、その探索をワクワクとしてしまっています。
特に、郊外ののんびりした場所、ではなく、繁華街と繁華街の間にあるような、闇の部分へいざなわれるような、そんな感覚がゾクゾクします。
そして、そこに散策する時はこっそり出かけていく。
途中から女装するし、女との逢瀬もひそやかに。
「秘密」の甘美な様子がそこかしこに描かれて、陶酔の世界に入り込んだような感じになります。
美しい日本語
大正から戦中、戦後…。この辺りで活躍した文豪は美しい日本語で作品を彩っています。川端康成や三島由紀夫なども美しいです。
川端は清廉な美しさ、三島は硬質な美しさ。
谷崎は妖しい美しさ。美しいといっても表現によって違う。ただ、美しい言葉を使って、その世界観を彩っているだけなので、どれが一番かは難しい…。
で、その谷崎の美しい言葉選びで、女装する私の姿や昔の女との不思議な逢瀬が、きわどいまでに妖しく描かれていて秀逸なのです。
たとえば、初めて女装をするとき…こんなふうに描いています。
大柄の女が着たものと見えて、小男の私には寸法も打ってつけであった。夜が更ふけてがらんとした寺中がひっそりした時分、私はひそかに鏡台に向って化粧を始めた。黄色い生地(きじ)の鼻柱へ先まずベットリと練りお白粉(しろい)をなすり着けた瞬間の容貌(ようぼう)は、少しグロテスクに見えたが、濃い白い粘液を平手で顔中へ万遍なく押し拡ひろげると、思ったよりものりが好く、甘い匂(にお)いのひやひやとした露が、毛孔(けあな)へ沁しみ入る皮膚のよろこびは、格別であった。紅やとのこを塗るに随って、石膏(せっこう)の如く唯徒らに真っ白であった私の顔が、溌剌(はつらつ)とした生色ある女の相に変って行く面白さ。文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料として試みている化粧の技巧の方が、遥はるかに興味の多いことを知った。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/57349_60032.html
初めてのおしろい姿。その塗った瞬間の感想やその姿を見た自分…なるほど…こういう表現があるのね、と思わず唸ってしまいました。
見事なオチ
最後のオチというか、その秘密の逢瀬の結末も、見事にオチがついています。すべてを言ってしまってはつまらないですが、秘密は秘密であるほうが美しい…。そういっているような感じですかね。
また、別の意味では、秘密も長すぎて常態化すると飽きてくるんですよね…と。それは私ではなく、彼女のほうもそうだったんじゃないかなあと思った次第で。
作品を彩る美しいイラスト
…この「秘密」という作品は、実は文庫で持っていたりするのですが、このイラストを見て、それでも買ってしまいました。
乙女の本棚
立東舎という出版社からそんなシリーズで出版されているシリーズの最新作なのですが。
文豪お美しい作品に美しい挿絵…モダニズムというか、「乙女」が持つような美しい本…みたいな。そんなコンセプトのシリーズですね。
「小説としても画集としても楽しめる」がテーマなので、本屋さんではハードカバーもしくは画集の場所にあるかもしれません。
個人的には夢野久作とか、江戸川乱歩とか気になってるので…。購入しようかしら、と考えています。
画という視覚から訴えるものって記憶にも強烈だということを、この作品から感じたので。
マツオヒロミさん
実は数年前から大好きなイラストレーターさんです。
”少女”の持つ美しさや華やかさ、そして妖しいまでの危うさを美しく表現される方だなあと思います。女性の匂うような美しさとか…。
特に、大正ロマンとかモダニズムのようなコンセプトのイラストが多いので、谷崎潤一郎の作品を画にすると聞いたとき、それを考えた編集者の方を心の底からたたえたいと思いました。
そして…期待以上の美しい絵で…本当に…素晴らしい…。
いや…本当に美しい…。
文学にもっと触れてみよう
以前、こんな記事を書かさせていただきました。
どうしても文学というと堅苦しいイメージや、教科書に載ってるのを読んだし…となってしまいますが、それはもったいないです。
本当に素晴らしい作品も多いし、その中でこれぞと思うものを見つかるかもしれません。それこそ、ああこれだという、座右の銘のような作品に出逢えるかもしれません。
それから、本当に日本語って美しいんだなって思います。今の小説を否定しないし、今だからの素晴らしい作品が生まれていますが。
直接的で明確さを要求されている、という今のスタイルとは違った、はんなりとした、柔らかく想像力を掻き立てられる、そんな作品にも触れてほしいなあとも思います。
著作権がなくなったものは、青空文庫で読めますしね。
https://www.aozora.gr.jp/index.html
意外と文豪の作品は著作権なくなってるんですよね。
これを機にいかがでしょうか?